道徳的動物日記

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理性と論理に基づくリベラリズム(読書メモ『Liberalism : the basics』)

 

 

 

 次の本の執筆に向けて昨年からリベラリズムのことを勉強し続けているうちに気が尽かされたのだが、哲学や理論としてのリベラリズムの入門書は意外なほどに少ない。

 中公新書『リベラルとは何か』は思想史や哲学の話題は半分以下であり後半は現代の政治状況や国家制度の話が主であったし、オックスフォードのベリーショートイントロダクションの翻訳であるマイケル・フリーデンの『リベラリズムとは何か』も思想史がメインであって哲学としてのリベラリズム理論を解説するものではなかった(むしろ、ジョン・ロールズの扱いの悪さにあらわれているように、フリーデンは厳密な哲学的議論を嫌っているという印象も受ける)*1

 わたしがこれまでに読んできた本でとくにリベラリズムの理論が勉強できたのはウィル・キムリッカの『新版 現代政治理論』とアダム・スウィフトとスティーヴン・ムルホールによる『リベラル・コミュニタリアン論争』であり、とくに後者はロールズの議論がかなりのページを割いて解説されていたりロナルド・ドウォーキンやジョセフ・ラズなどの論者の議論もそれぞれ一章を充てて解説されているなど、充実度はかなりのものであった。ただし、どちらもページ数が多く重たい単行本でお値段もお高くと、多くの人にとっては手を出しづらい本であることは否めない*2

 

 そんななか見つけて買ってもらったジョン・シャーベットによる本書は、概念の細かい分析や厳密な理論の構築などの英語圏の伝統が感じられる、まさしく「哲学」としてのリベラリズム入門である*3

 まず、本書の第一部では「リベラルな実践」として現代にリベラリズムを採用している社会(アメリカや西欧・北欧など)で採用されている制度や実践されている営みなどを挙げて解説することで、「リベラルな社会とそうでない社会の違いとはなにか」ということが示されている。

「リベラルな実践」の具体例は以下のようなもの。

 

・法の支配

言論の自由

・結社と運動の自由

・経済の自由

・性の自由

 

 次に、第二部のタイトルは「リベラルな価値」として、リベラリズムで重視される諸々の概念が哲学的に分析される。

 

・自由

・平等

・共同体

・幸福(福利)

 

 そして最後の第三部では、リベラリズムはさまざまな規範理論から導き出され得るということを指摘したうえで、それぞれの理論が正しかったり矛盾がなかったりするかどうか、その理論からリベラリズムを導き出すことがほんとうに論理的に可能であるかどうか、といったことが検討される。

 

リバタリアニズム

功利主義

・カント主義

・現代リベラリズムロールズドウォーキン、ラズ)

 

 本書の特徴としては、まず、出版されたのが2019年だということもあり、現代特有の問題も分析されていること。

 たとえば第一部や第二部では「ポリティカル・コレクトネス」や「アイデンティティ・ ポリティクス」の問題のほかトランスジェンダーについても触れられているし、またウクライナ侵攻以前ではあるがリベラリズムではない国家の代表例としてプーチン大統領支配下のロシアが何度も出てくる。

 ここら辺に関連して、シャーベットの議論は全体的にはやや保守的というか「反ポリコレ的」なところも重要だ。言論の自由を強く支持して反ヘイトスピーチ法に反対しているし、「差異派フェミニズム」によるリベラリズム批判や自律・理性批判にポストモダン的な価値相対主義を含むような文化多元主義についても再批判をして退けている。必ずしも平等を再重要視しておらず、マイケル・サンデルが行ったようなメリトクラシー批判に対しても冷や水を浴びせている。その一方で、リバタリアニズムリベラリズムの一種として対等に扱っているところも特徴的だ。

 ……というのも、最近の(だいたいは日本人によって書かれた)政治思想や政治学関係の本を読むと、とくにフェミニズムに対してはやたらと甘い一方でリバタリアニズムは「ネオリベ」と一括りして相手にしなかったり非難や罵倒をする、というのが多いからだ。その点、本書は最近の風潮や流行に反しているかもしれないのが、本書の「反ポリコレ的」なところの大半は、自由や平等といったリベラリズムの核となる概念について厳密に考えたり矛盾のない理論を構築したりするといった、哲学者や学者としての信念やプライドや意地といったものに基づいていることが察せられたので、わたしとしては好ましく感じられた。

 また、スティーブン・ピンカーやジョセフ・ヒース(やピーター・シンガー)などといった論客も明らかにリベラリズムを支持しているがアイデンティティ・ポリティクスなどには反対しているために「保守」や「右派」と勘違いされることがあるが、「哲学的リベラル」や「理性重視リベラル」はどういう理論に基づいてどんな考えをしており、彼らと「ポリコレ派リベラル」や「最近のリベラル」との違いはなにか、といった点を簡単に確認できるというあたりも有益な本である。

 

 「リベラリズムの理論」を扱う第三部では代表的な倫理学者や政治哲学者たちの思想が簡潔に紹介されており、第二部における自由や平等についての概念分析的な議論とあわせて、哲学の入門書という側面もある。カントやロールズなどの難解な議論もそのエッセンスがかなりわかりやすくまとめられている点がよい。

 その一方で、シャーベットがどの理論に対しても「厳密に考えればこの前提からこの結論は導き出せないから論理の飛躍である」とか「ここに矛盾がある」とかいった欠点を指摘して退けていき、最後に自分の理論を短く提示して「他の理論と違ってわたしの理論には矛盾がない」と誇らしげにして締められているのは、英語圏の哲学本ではありがちな構成だとはいえ、ちょっと辟易するところもある。最終的にシャーベットが提示するのは一般的なリベラリズムよりも共同体(共通のアイデンティティ)を重視して、なおかつ平等主義ではなく十分主義なリベラリズムであり、それ自体は妥当であるがとくに目新しくもなく、たとえばロールズドウォーキンの理論のような影響力を持てるかというと絶対そんなことないでしょ……と思わされてしまう。

 

 いずれにせよ、先日に紹介した『資本主義の倫理学』と同じように現在の日本語圏には存在しないタイプの本であるため、この本もぜひどこかの出版社で翻訳を出してほしい*4。また、本書と同じく「リベラリズムの理論」を解説する本であるポール・ケリーの『リベラリズム:リベラルな平等主義を擁護して』が数日後に出版されるので、次はこの本を読んで紹介したいところだ(よければ買ってください、マイケル・ウォルツァーフランシス・フクヤマリベラリズム本も読みたいです)。

 

 

 

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