道徳的動物日記

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最近読んだ本シリーズ:『体育がきらい』&『サイエンス超簡潔講義 動物行動学』&『サイエンス超簡潔講義 うつ病』

 

●『体育がきらい』

 

 

 著者は大学で体育やスポーツを教えており、また「体育哲学」という研究を行なっているそうだ。本書で哲学っぽいことが書かれるのは終盤になってからだが、身体を通じて個々人が世界を経験したり知覚や認識をしたりすることを重視したり、「体が変わる」ことで「世界が変わる」と論じたり、あと全体的に「〜のために運動すべきだ」とか「〜な身体になったほうがいい」とかいった基準や規範に否定的で個々人の多様性や独自性を重視している感じなど、どことなく現象学を思い出させるような議論がなされている。

 全体的には、日本独自の「体育」教育が発達した歴史的経緯や現在の教育現場における体育教育の状況が紹介されていたり、体育や運動とスポーツとの違いについて論じられたりしている。体育教育やスポーツ論に関する知識が得られるという点ではよい。ただ、本書は「体育がきらい」な子どもに向けて書かれたテイになっており「その理由を一緒に考えましょう」という感じで始まるのだが、実際には、体育業界に関わっている(が体育業界を相対化する視点も持ってしまったがために居心地の悪さや罪悪感を抱いている)大人による子どもに向けた言い訳に終始しているという感じがあった。

 また、本書では「体育ぎらい」な子どもや大人が発生する原因について「規律と恥ずかしさ」「体育教師」「部活」「スポーツという文化が苦手」「そもそ運動が苦手」といった観点から分析するのだが、わたしが子どものときに体育が苦手だった理由である「痛いからイヤ」「(走ったら)喘息で呼吸が苦しくなるからイヤ」「砂ぼこりなどで身体が汚れて不潔感を抱くからイヤ」といった点にはほとんど触れられていないのは、「身体」を強調する本書だからこそ身体的苦痛や不潔感というかなり根本的な「感覚」を取りこぼしているという点で大きなマイナスだと思った。たとえば「ドッジボールは弱肉強食の論理がはっきりする野蛮なゲームであるから多くの子どもを体育きらいにする」といったことが書かれているのだが、そうではなくて、ボールがあたるとめっちゃ痛いからイヤなのである。

 

●『サイエンス超簡潔講義 動物行動学』&『サイエンス超簡潔講義 うつ病

 

 

 

 

 どちらもVery Short Introdutionの翻訳。このブログでは人文学や社会科学系のトピックはVery Short Introdutionの翻訳書は多々紹介してきたが、それらのなかには読みものとして優れていて考えさせられるものも多くある一方で、著者のクセや自意識がノイズになり過ぎていたり規範的な主張が多過ぎてうんざりさせられたりマイナーなトピックについて読者が読む意義を理解させることに失敗していたりするものもあったりした。それに比べると、自然科学系のトピックのVSIは、読んで知識を得たりその分野の考え方や研究手法を教えてもらったりするだけでも自分のなかに蓄積される情報量が純粋に増えていく感じがあって、本としての面白さはまあまあだが「読んだ時間が無駄になったな」と感じたりストレスを生じさせられたりすることがほぼ確実にないという点でいいものだし、安定感があるなと思った。要するに人文学や社会科学って難儀なのだ。

 なお、『動物行動学』については動物福祉に関する議論も充実しているところ、『うつ病』については「うつ病と創造性の関係」というポイントに紙幅が割かれているところが、それぞれ印象に残った。