道徳的動物日記

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人種差別は「本能」ではない(『啓蒙思想2.0』読書メモ④)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 心理学者のジョナサン・ハイトは、『社会はなぜ右と左にわかれるか』などの著作や諸々の記事などで、人間には「部族主義」の本能(バイアス)が備わっていることを何…

「女性差別的な文化を脱するために」オープンレターについての雑感

sites.google.com davitrice.hatenadiary.jp 先ほどの記事の続き的な内容。先ほどの記事ではオープンレターが持つ「効果」や「意図」について論じたが、こちらでは、オープンレターに書かれている内容自体について思うところを書いてみる。 このような呼びか…

「犬笛」としてのオープンレター

sites.google.com 「女性差別的な文化を脱するため」のオープンレターはもう半年以上前に発表されたものだけれど、このオープンレターで取り上げられている呉座勇一氏が日文研から「停職一か月」や「準教授取り消し」の処分を受けたこと、そしてその処置が不…

反合理主義としてのフェミニズム(『啓蒙思想2.0』読書メモ③)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon ジョセフ・ヒースはカナダ人であるけれど、『啓蒙思想2.0』における彼の問題意識は、ティーパーティーに代表されるように近年のアメリカで不合理で反動的な右派の運動…

対等願望、優越願望、承認欲求、民主主義

IDENTITY (アイデンティティ) 尊厳の欲求と憤りの政治 作者:フランシス・フクヤマ 朝日新聞出版 Amazon フランシス・フクヤマの『IDENTITY:尊厳の欲求と憤りの政治』はこのブログでも何度か扱ったが、あまり高く評価してきたわけではなかった*1。しかし、ポ…

伝統を守ればいいというものではない(『啓蒙思想2.0』読書メモ②)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 前回の記事で書いた通り、理性とは不自然なものであり、せいぜいが適応の副産物に過ぎず、その力は限られている。 たとえば、野球でボールがフライとなったとき、外野…

理性は自然に反している(『啓蒙思想2.0』読書メモ①)

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために 作者:ジョセフ・ヒース NTT出版 Amazon 「ポリティカル・コレクトネス」をテーマとした本の執筆をそろそろ本格化したいので、参考文献のひとつとしてジョセフ・ヒースの『啓蒙思想2.0』を数年ぶりに読み返し…

読書メモ:『きみの脳はなぜ「愚かな選択」をしてしまうのか:意思決定の進化論』

きみの脳はなぜ「愚かな選択」をしてしまうのか 意思決定の進化論 (KS一般書) 作者:ダグラス・ T・ケンリック,ヴラダス・グリスケヴィシウス 講談社 Amazon 同じ著者のダグラス・ケンリックが書いている『野蛮な進化心理学』は名著なんだけれど*1、こちらは…

読書メモ:『生きづらさはどこから来るかー進化心理学で考える』&『進化心理学入門』

生きづらさはどこから来るか―進化心理学で考える (ちくまプリマー新書) 作者:石川 幹人 筑摩書房 Amazon 進化心理学入門 (心理学エレメンタルズ) 作者:ジョン・H. カートライト 新曜社 Amazon 図書館の返却期限が迫っていたので、あわてて読んで返した(とは…

『ニコマコス倫理学』読書メモ

他の箇所で細々と書いていたメモを、こちらにまとめる。上巻はしっかり読んだけど、下巻ではかなり力尽きています。たぶん誤字脱字もかなり含んでいるけどとりあえず無視。 (まずは上巻) ニコマコス倫理学(上) (光文社古典新訳文庫) 作者:アリストテレス…

「特権」概念の不毛さ

somethingorange.biz 上記は海燕氏によるブログ記事。 二週間前の記事だけど、下記について、思うところを書いてみよう。 つまり、「ホワイト・フラジリティ」とか「マイクロ・アグレッション」とは、ある体制において特権を持つマジョリティ(この場合は白…

読書メモ:『「生きにくさ」はどこからくるのか:進化が生んだ二種類の精神システムとグローバル化』

「生きにくさ」はどこからくるのか—進化が生んだ二種類の精神システムとグローバル化 作者:山祐嗣 新曜社 Amazon 著者は心理学者で、ほかにも『日本人は論理的に考えることが本当に苦手なのか』などの著作がある。 『「生きにくさ」はどこからくるのか』につ…

読書メモ:『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』

事実はなぜ人の意見を変えられないのか 作者:ターリ・シャーロット,上原直子 白揚社 Amazon 翻訳の出版当時から気になっていたのだが(著者の前著の『脳は楽観的に考える』もそれなりに印象深かった)、図書館での予約数がハンパなく、一年半経ってようやく…

読書メモ:『真実の終わり』

真実の終わり 作者:ミチコ・カクタニ 集英社 Amazon davitrice.hatenadiary.jp 以前にも紹介したんだけれど、改めて再読。しかしまあやっぱりあんまり中身がある本ではないような気がする。著者は文芸批評家であるんだけれど、文芸批評らしく皮肉や比喩や気…

近況報告(ネットに文章を書くことについての雑感)

・単著の準備をすすめており、11月か12月には出版できそうだ。 昨年の夏に現代ビジネスに初めて署名記事を発表した時点から「批評家」を肩書きにしており、すでに「自分は作家だ」という意識はあるんだけれど、単著があるとないとでは気の持ちようがだいぶ変…

「男性のセルフケア」論についての雑感

gendai.ismedia.jp なんとなく上記の記事を眺めていたら色々とひっかかるところがあり、以前からのわたしの問題意識や関心とも関連している内容でもあるので、思うところをメモしていく*1。 現代社会における「男らしさ」は多様化していますが、それでも「男…

ネットリンチと「非難」の問題

ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書) 作者:ジョン・ロンソン 光文社 Amazon 『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』から引用する*1。 最初に何人かが「ジャスティン・サッコは悪人だ」と意見を述べた。その何人かに対して即座に称賛…

文芸時評って意味あるの?

わざわざブログ記事にするほどの内容でもないんだけれど、しばらくTwitterに書き込むことはお休みすることにしたので、こっちに書く。 togetter.com この件が話題なので、朝日新聞にログインして、問題の文芸時評を読んでみた。 www.asahi.com 読んでみて思…

「進化政治学」はそんなにおかしいのか?

www.asahi.com note.com 広島大学の伊藤隆太氏の発言が差別的であるとして問題視されており、それにあわせて、彼の研究分野である「進化政治学」も批判の対象となっている。 わたしの目から見ても伊藤氏の発言のうちのいくつかは差別的であり、解雇まで求め…

資本主義から逃れることはできるか?(できません) - 読書メモ:『資本主義だけ残った』

資本主義だけ残った――世界を制するシステムの未来 作者:ブランコ・ミラノヴィッチ みすず書房 Amazon 『資本主義だけ残った』では、アメリカを代表とする「リベラル能力資本主義」と中国を代表とする「政治資本主義」、現代の社会に存在するふたつの形の資本…

まじめな人ほど、選挙で投票しない?

Personality and the Foundations of Political Behavior (Cambridge Studies in Public Opinion and Political Psychology) 作者:Mondak, Jeffery J. Cambridge University Press Amazon この本を読んだのはもう数年前であるし現在は手元にもないのだが、最…

読書メモ:『ベジタリアン哲学者の動物倫理入門』&『はじめての動物倫理学』

ベジタリアン哲学者の動物倫理入門 作者:浅野 幸治 ナカニシヤ出版 Amazon はじめての動物倫理学 (集英社新書) 作者:田上 孝一 集英社 Amazon どちらも日本人の哲学者によって書かれた動物倫理学の入門書であり、同時期に出版された*1。基本的な構成はどちら…

内田樹の「被害者の呪い」論

blog.tatsuru.com たまたまの偶然で、2008年に内田樹が書いたブログ記事が目に入ってきた*1 この記事は、直接的には、当時開催されていた北京オリンピックの「聖火リレーをめぐる騒動」について言及したものである*2。また、文中には「統合失調症」について…

最近読んだ本シリーズ:『サンデルの政治哲学』とか

●『サンデルの政治哲学』&『公共哲学:政治における道徳を考える』 サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か (平凡社新書 553) 作者:小林 正弥 平凡社 Amazon 公共哲学 政治における道徳を考える (ちくま学芸文庫) 作者:マイケル・サンデル 筑摩書房 Amazon こ…

社会的制裁のなにがよくないのか

anond.hatelabo.jp 普段ははてな匿名ダイアリーの投稿にはあまり反応しないのだけれど、最近の事例についてはいろいろと思うところがあるので、昨日にTwitterに下記のような投稿をした。 社会的制裁を生み出すような道徳感情は集団や社会の秩序を維持したり…

さいきん読んだ本シリーズ:『手の倫理』とか

●『手の倫理』 手の倫理 (講談社選書メチエ) 作者:伊藤亜紗 講談社 Amazon 著者はたぶん自分の主張をなんらかの「主義」や「理論」に還元して解釈されること自体を嫌がるだろうけれど、あえてそうしてしまうと、「ケアの倫理」や「状況主義」に近いものだろ…

不平等は避けられなさそうです(読書メモ:『暴力と不平等の人類史―戦争・革命・崩壊・疫病』)

暴力と不平等の人類史―戦争・革命・崩壊・疫病 作者:ウォルター・シャイデル 東洋経済新報社 Amazon かなり長くて重たい本。経済史の本でありがちな、大量の具体例を紹介しながら同じような話が何度でも何度でも繰り返される内容なので、細かい部分は流し読…

89年生まれのわたしにとっての「はてな」

このブログではめずらしく個人的な思い出話。 91年生まれ大反省会をしたい。わたしは91年生まれで今年30になる。若者と括られてきたけど、明らかに今の世代と全く育ってきた景色が違うことを感じる。政治家と言えば小泉首相、まだ日本は経済的にすごいと習っ…

「傷つき」と表現の自由(読書メモ:『表現の自由を脅すもの』)

gendai.ismedia.jp 昨日に公開された現代ビジネスの記事ではジョン・スチュアート・ミルの『自由論』を紹介したが、ミルと同じようなタイプの主張を現代において行なっている本である、ジョナサン・ローチの『表現の自由を脅すもの』にも目を通してみた。現…

「自由」にケチをつけるな(読書メモ:『自由の命運 : 国家、社会、そして狭い回廊』)

[まとめ買い] 自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊 作者:ダロン アセモグル,ジェイムズ A ロビンソン Amazon もう図書館に返却してしまって読み直せないので、浅い感想をメモ的に残しておく。 『自由の命運』は経済学の本(制度論の本)であり、様々な時…